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末の松山

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多賀城市八幡の住宅地に史跡がある。

歌枕として平安時代から詠まれた名所、末の松山として知られ小倉百人一首では
「契りきな かたみに袖を絞りつつ 末の松山 浪こさじとは」
という歌があります。
意味は「約束しましたよね、互いに涙の袖を絞りながら。末の松山を浪が決して越えぬように、心変わりはしないと。」というもの。

私の小学校時代にクラスで百人一首大会があった時には、まさか宮城の地名とは知る由もありませんてわした。
東日本大震災の後になって、869年の貞観地震の大津波の際にも足下まで津波が来たけれども、この末の松山を越えることがなかったという話を目にしました。

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立派な二本の松があります。
このあたりは小高い丘陵地となっているので、津波がここまで来てもギリギリ松の木までは及ばなかったことが遠く都の地まで伝わり「越えることのない、変わらないもの、契りや約束」という例えの歌が詠まれたそうです。

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江戸時代には松尾芭蕉も訪れ、奥の細道にも書かれています。

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Commented by mepachikuri at 2022-12-18 02:21
拝見しました。
by sendai-saiwai | 2022-12-17 19:32 | その他 | Trackback | Comments(1)